「変身ハードウェア」

天野英晴

変身ハードウェアってなあに?

 正式名称は、動的再構成可能アーキテクチャ(動的リコンフィギャラブルアーキテクチャ)といい、超高速に構成を変える機能を持っている集積回路(IC)のことです。携帯用ゲーム、高機能プリンタ、ディジタルビデオ、カメラなどへの幅広い応用を目的にして特に日本で研究開発が活発に進んでいます。皆さんが知っているところでは、SONYPSPの中でVME(Virtual Mobile Engine)という名前で使われています。

 

ハードウェアってなあに?

 みなさんの使っているIT機器のほとんどは、ディジタル回路で

できています。ディジタル回路とは、電圧が0VLレベル)と、

電源電圧(Hレベル)かの二つだけの電圧レベルを使ってすべての

処理を行います。今のディジタル回路はトランジスタ(正式にはMOSFET)で作ります。下の図を見てください。このMOSFETは、G,S,Dの三本の足を持ったスイッチで、G(ゲート)に与えるレベルによって、S(ソース)とD(ドレーン)の間をくっつけたりはなしたりすることができます。二つのタイプ(nとp)があって、n型は、GHレベル(電源電圧)を与えるとONになり、S-Dがくっつきます。Lレベル(0V)のときはOFFで、S-Dは切れて離れます。p型はこの逆で、GLレベルを与えるとONになってS-Dがくっつき、HレベルになるとOFFになってS-Dは切れて離れます。ディジタル回路では、この2種類のトランジスタをうまく組合せて様々な機能を実現します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


下の図の回路の出力Yは、入力Aと入力Bがどのようなレベルのときに、Lレベル(0V)になるか考えてみましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


さて、この回路では出力YLレベルになるためには、入力A,BがともにHレベルの時だけだということがわかります。この回路をNANDゲートと呼ぶのですが、もちろんひとつではひどく単純なことしかできません。このためディジタル回路は、数で勝負します。このようなNANDゲートを大きいものは、100万個くらいを一つの集積回路上で繋いで、例えばディジタルビデオやゲームの動画像の処理などのいろいろな機能を実現します。この場合、トランジスタの繋ぎ方で、できることが決まってしまい、変えることができません。このため、このような回路のことをハードウェア(Hardware:硬いもの)と呼びます。

 

巨人インテル君と小さな組み込み君

いろいろな仕事を行うのに、いちいちハードウェアを設計していては大変です。そこで登場したのがコンピュータです。コンピュータの本体はもちろんディジタル回路でできたハードウェアです。しかし、コンピュータは、メモリという情報を記憶できる場所に、プログラムを置いておき、これを取ってきて解読して、これに従って計算をします。プログラムを書き換えれば、基本的にはどんな仕事でもできる万能な機械です。このようにコンピュータの上で、プログラムを使って処理することをハードウェアに対してソフトウェア(Software:柔らかいもの)と呼ばれています。

 さて、今、使われているコンピュータは、米国のインテルという会社の製品がその本体として良く用いられています。テレビで「もしさぼてんにインテルが入っていたら?」「もし蜂にインテルが入っていたら?」などちょっとずれてる感じの宣伝をやっている会社です。確かに今のコンピュータは、猛烈な速さでプログラムを実行するので賢いことが何でもできるのですが、値段が高く、猛烈に電気を大食いし、凄い熱を出します。今のチップを最大スピードで使うと、チップの放熱板上で目玉焼きが焼けますし、このペースでスピードを上げて省電力対策をしないと、数年を経ずして原子力発電所並の放熱施設が必要になる、といわれています。ま、これはオーバーな話ですけど、携帯用のゲームや家電に組み込むのはちょっと無理です。

 このため、もっと小さく、値段も安く、その代わりに電力も食わず、発熱も少ないコンピュータが使われてきました。10年前位までは、これでも十分だったのです。ところが、皆さんもご存知の通り、今の携帯用ゲーム、携帯電話、情報家電は、今までと比べると、段違いに色々な機能が付きました。静止画像どころか動く画像も扱わなければならず、ネットにつなげなければならず、セキュリティも配慮して暗号化とかもしないといけません。このため、非力な組み込み君では対応できなくなってしまいました。しかし、大食いなインテル君を使うことはできません。そこで、登場したのがSoC(システムオンアチップ)というやり方です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


専用ハードウェア戦隊SoC

 今の組み込み製品は、確かにいろんな機能を持っていますが、プログラムで何でも解けるように万能にする必要はないわけで、要は画像処理とかネットワーク処理とか、その製品で決まった処理が高速でできれば良いわけです。そこで、非力な組み込みプロセッサ君に、専門ハードウェア君を必要な数と種類だけ組み合わせて、戦隊を組みます。そして、動画像処理が必要なら専用ハードウェアMPEG2君がこれを処理し、静止画像にはJPEG2000君が登場するといったように、相手に合わせて専門家が立ち向かいます。こうすると、巨人インテル君が一人でなんでもやるよりも、ずっと値段も安く、電力、発熱も少ないシステムができます。これがSoCといって、今、日本の半導体会社が主力商品としている集積回路です。今、皆さんがお使いの携帯電話はたくさんのメンバーを揃えた強力な戦隊になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ところがこの専用ハードウェア戦隊にも問題があります。次から次へと新しい仕事が出てくるので、その都度新しい専用ハードウェア君を設計してやる必要があります。専用ハードウェア君はハードウェアなので、一度設計が決まったらその仕事しかできません。これをその都度設計する大変ですし、間違って設計したり、ちょっと機能が足りなかったりしたら作り直さなければなりません。また、この戦隊は、テレビの戦隊モノと違って、誰かが働いている間は、おおむね他の人は休んでしまっています。これは専門家以外の人はその仕事に対して全く役に立たないので、休んでいる以外どうしようもないためです。したがってメンバーを増やすとその分値段は高くなりますし、下手をすればその分の電力も必要になります。つまり、この戦隊は個々のメンバーが、あまりにも頑固で融通が利かないのです。これはハードウェアなので仕方ないことです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柔らかいハードウェア

 そこで、もうちょっとハードウェアに柔軟性を持たせようとします。どうするか、というと、基本的な機能に相当する分のトランジスタを塊として持たせます。この塊同士の配線をスイッチで色々変えられるようにしておきます。塊の機能とその間の配線を変えることで、さまざまな専門家へ機能が変えられるような集積回路が登場しました。これが「柔らかなハードウェア」FPGAField Programmable Gate Array)といってもう色々な場所で使われています。色々な相手に対して、柔らかなハードウェア君は、それぞれの専門家に形を変え、これに立ち向かいます。ところが、この柔らか君は、柔らかにするための贅肉分があり、案外大きくてコストがかかります。また、個々の処理では専門家よりも性能が悪い場合が多いです。なにより問題なのはその変身スピードです。敵が来ると、柔らか君はまず「ちょっと待ってくれー」と言って待ってもらってから、おもむろにぐぐぐっと形を変えてから、これに立ち向かいます。このため、待ってくれる悠長な相手でないと使い物になりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それでもって変身ハードウェア

 そこで、登場したのが変身ハードウェアです。変身ハードウェアは、柔らか君と違って、一瞬でその構成を変えることができます。一瞬で構成を変えるためるためには、柔らか君よりももっと余分の機構が必要で、普通に考えると変身ハードウェアは、柔らか君や専用ハードウェアに比べて、巨大になって高価になる感じがします。しかし変身ハードウェアは、意外と小柄です。これは、変身ハードウェアが、敵に応じて姿を変えるだけでなく、処理中もひっきりなしに姿を変えるためです。ひとつの処理でも色々なステップがあるわけで、変身ハードウェア君は、このステップ毎にそれぞれ対応するように細かく姿を変えて、それを処理するのです。このことで、専用ハードウェア君に負けない性能を、同じくらいの小柄な面積で実現でき、しかも様々な処理に使えます。変身ハードウェアが一人居れば、戦隊を持たなくても済んでしまい、安くて、速くて、色々使えて、しかも電力も食わず、熱も少ない集積回路が実現できるわけです。

 もちろん、この方法にも色々な問題があります。変身時に発熱する場合や、いろいろ変えないと問題自体が解けないので、途中で変身パターンが足りなくて対応しきれなくなってしまったりします。しかし、将来性は有望で、日本の半導体企業はほとんどがなんらかの形でこの変身ハードウェアの採用を始めています。研究レベルですが、処理を進めるうちに構造がどんどん周囲に対して適応したり進化したりするハードウェアも検討されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとなく変身ハードウェア

 変身ハードウェアの研究は世界中で行われていますが、なぜか日本で最も盛んです。これは多分、子供の頃変身ヒーローに憧れた日本の技術者が、ハードウェアを扱う段になってもなんとなく変身させてしまうためではないか、と思います。この辺の雰囲気は、日本人がロボットを作るとなぜか人型になってしまうのと同じです。我々は1992年に世界に先駆けてこの考え方を発表しましたが、ほとんど相手にされませんでした。しかし、2000年以降だんだん実用化されるようになって来ました。今はNECと共同研究をして、研究を進めています。